不思議の庭のミランダ

心に響いた言葉と書物の備忘録

『神さまがくれたたった一つの宇宙の法則』上江洲義秀氏 

 

 

 

このブログでも

よくご紹介している

不食の弁護士さんとして知られる

秋山佳胤さんがいます。

今回は

その秋山氏が尊敬されているという

超能力者であり覚者の

上江洲義秀さんの本の一冊からの

抜粋をいくつか載せておきます。

 

神さまがくれた たった一つの宇宙の法則

神さまがくれた たった一つの宇宙の法則

 

  

幸福論Ⅲ

 現在の自分ととりまく全てに対して心の底から感謝できる人が、本当に幸福と言えるのではないでしょうか。

 巷間でよく言われるように、「ありがとうございます」という感謝の言葉は、現象として目の前で起きる全てを肯定し祝福する言葉で、幸福への道を力強く作ってくれるものです。

 ありがたいことが起きる──しかもそれは夥しい原因の結果として必然的に継続して起こるのです。ありがたいことが必ず起きるという幸福に、日々私たちは包まれて生きているのです。

 あなたは、目の前で起きている奇跡の連続である現実を、喜びを持って一つひとつ言葉にして言うことができるでしょうか。たえることなく呼吸し、手を動かし、二足を使って歩くことができ、電車という便利なものを使って移動し、空腹を感じて昼食をとることができ、友人や恋人とお酒をくみ交わし、散歩や運動、趣味を楽しむことができるのは何と幸せなことでしょうか。

 私たちは足らざることに苦しむよりも、今あることに感謝と喜びをあらわすべきではないでしょうか。

 過度な願望は現実を認めていないことであり、すでに必要なものを結果として全ていただいている自分自身を否定していることでもあるのです。

 宇宙は一命一体、自他一体の延長としての全一体として存在し、良いと思われることも悪いと思われることも全て良きこととして日々起こっています。それは原因が作り出す結果として絶妙な計算のもとに、必然的にあらわれているのです。

 現実を作り上げ、それに対して評価しているのは全てあなた自身の頭の中の作業なのです。あなたは全体の一部であり、他の喜びも悲しみもあなた自身の喜び、悲しみです。全てのものは全てのものを幸せにするために存在し、全ての人は全ての人を幸せにするために存在しているのです。   

 

仏教に“因果応報”という言葉があります。

一般的には、何か思わしくないことが起きた時に

以前の悪い行いの報いだという認識が

広くあるようです。しかし、これは

単純にそう述べているわけでなく

結果に良いも悪いもなく、

全ては自分が蒔いたというか

創り出している現象であることを

知らせています。

 

近年、自らの意識がその現実を創っているという

概念は、自己啓発やスピリチュアルな世界、

人気の引き寄せの法則などでも

広く知られてきましたが、どうしても

私たちは自分の都合のよい方に解釈しがちです。

たぶんエゴなのでしょうが、特定の物事や

結果にこだわります。

しかしながら、幸せでありたいなら、

この身勝手さは戒める必要があるようです。

 

永遠の幸福

  私たちは、全ての本質は根源に存在していることを知らなければなりません。

 この世にいる多くの人々は「結果」から得ようとし、日々求め、もがいています。

 しかし本質から見ると、全てはすでに与えられているのです。私たちは悟りという神の義から手に入れることができるのです。

 目の前にあるものは積み重ねられた原因のあらわれ、身口意のあらわれであり、「日々の仕事の中で神の義から得よ」というとらえ方を肯定すれば、私たちは必要なものをすでに与えられていることを知るのです。

 私たちの意識を、肉体、物質、金銭から少しずつ心へと比重を移すことで、神の義が私たちを自然と導くようになるのです。 

 

全ての原因は自分に

 目の前の現象は突然どこかからともなくやってくるものではなく、原因として自分の意思が作り招いているのです。

 運を良くするには、「全ての原因は自分にある」と心の底から思うことです。

 このように意識を正してゆくと、私たちは根源(本質、実相)の世界とつながりやすくなります。――

 

「気づき」こそがあなたの運を変えるのです。

 私たちは日々、結果を見ているとともに、原因となるものを日々積み重ねています。

 原因から手に入れる──原因としての天国からすでに与えられていることを知らねばなりません。

 目の前の現象は全て必然で、自らの学びのためにあると気づき、それを受け入れることで、過去の数々の出来事の意味も変わり、全てが意義あることとして光を放つようになるのです。

 パーソナルヒストリーの書きかえが極めて自然におこなわれてゆき、ご本人の学びが一段と深まってゆきます。それは、宇宙の意思による自然な流れなのです。 

 

 

 

今、気づくことはとても大切です。

それによって、私たちは新たに変わり

進化していくことが出来ます。

 

含蓄の深い言葉が並びますが

最後の方にあった次のたとえ話もまた

とても印象的でした。

 

心の宝箱

 乞う以上の分け前を与えられた物乞いは、誰一人としておりません。私たちが与え主になってこそ、無限の泉が湧き、無限の宝庫が開くのです。

 道ばたで古い木箱の上に腰かけて、通りすがりの人に帽子を差し出して物乞いをする者がおりました。ある時、一人の男が通ったのでいつものように帽子を差し出したところ、「あなたに与えるものは何もない」と言われました。そして、「あなたが座っているその木箱は?」と続けました。

 「何十年にもわたってこの上に座って物乞いをしています」と返答すると、「それでは箱を開けて中を覗いたことはあるのか?」と聞きました。

 「まだ開けたことは一度もありません」と答えると、「だまされたと思って蓋を開けて中を見なさい」と言うので、物乞いが中を覗いてみると、黄金に輝く宝物がぎっしりと詰まっていたそうです。黄金の宝の上に座っていながら、人にモノを乞うていたのです。

 あなたの中には無限の知恵、力、愛があるのです。それを眠らせたままにしているのではないでしょうか。人は無限の知恵、力そして愛の持ち主であるにもかかわらず、「愛をください。もっと愛を」と乞い願っているのではないでしょうか。

 無限の愛という泉は、与えて与えて与え尽くすことで開いてゆきます。必要な時に必要なものがいつでも引き出すことができる愛という宝箱を、あなたは持っているのです。 

 

本格的な修行とともに覚醒し、

世界中で講演をし、特に沖縄で

長く教えを説いてきた上江洲氏の

言葉には思わず背を正したくなるような響きが

あります。 

 

 

 

ちなみに、秋山佳胤さんも駆けつけるという光話会が

毎月開かれているそうで、

YouTubeにアップされていました。

面白いのは、同じ会場で精神科医越智啓子さんも

コラボされたりすることもあるようです。

 


上江洲義秀先生の光話会 (2019年3月20日)

 

我は肉体にあらず、幽体にあらず、(神)霊なり。

霊は命であり、本質であり、全ての根源である。…

私たちは本質を知らず、そして人生の道において

本質であるエネルギーの使い方を知らないから

彷徨い、迷い、分離しているといいます。

想いも言葉も、エネルギーの振動(波動)です。

エネルギーの正しい使い方、そして

全ては一つで本質であると理解できるでしょうか。

 

 

それぞれが自分自身の本質へと"目覚めて"いく時代です☆

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 ありがとうございます!

『気をつかわずに、愛をつかうー矢作&プリミ「宇宙愛対談」』矢作直樹さん、白井剛史(プリミ恥部)さん

 

 

 

昨年出た

吉本ばななさんの本『違うことをしないこと』の中で

対談されていたプリミさんのお話もよかったので、

 

himitsunaniwa.hatenablog.com

 

今回は、

矢作直樹氏と対談されていた一冊を手に取りました。

 

気をつかわずに、愛をつかう――矢作&プリミ「宇宙愛」対談

気をつかわずに、愛をつかう――矢作&プリミ「宇宙愛」対談

 

 

綺麗なピンク色の表紙で

アンドロメダ座が描かれ、

カバーの裏はハート模様がびっしり。

頁の左下のところどころに、素適な

曼荼羅のようなカラフルな幾何学モチーフ。

 

そして、

合間に見開きで、パワーあふれる写真も

気持ちいいエネルギーが満ちている。

トルコのカッパドキア洞窟とか

オーストラリアのグレートバリアリーフとか…。

 

いつもだとあれこれ引用して

話を紹介することが多いのですが

何かこの本は

最初に書いてあるように

ぼ~っと右脳で受け取るように

眺めているのがいいみたい。。。

 

出版社の方の司会も入って

矢作先生とプリミ恥部さんの

興味深いながら

割と抽象度の高い『ラブ(愛)』のバイブレーション

について語られているから説明しにくいのも確か。

というか、字面を追って説明するのもどうかと。

頭で理解するより、感じることが

これからは特に大事になっていくでしょう。

 

 

 

 

お話自体はとても興味深く、面白いんですよ。

これまで1万人以上に

宇宙マッサージをされてきたというプリミさん、

緊急医療の場で活躍なさってきた臨床医の矢作さん、

そのお二人がエネルギーという見えない世界の力について

話しているわけですから。 

 

(施術するクライアントの年齢層を訊いた後)

矢作 意外とワイドレンジですね。体が疲れるということはないんですか?

 

プリミ 宇宙に無限にある愛をつかって脱力してやっているので疲れないです。負担にならないポジションを常にとるようにしていますし。

「気をつかわず、愛をつかう」というスタンスで生きてます。

身体が愛のバイブレーションになればなるほど、チャクラを開けたときに宇宙から愛のバイブレーションがはいるようになります。 

 

「気をつかわずに、愛をつかう」という

タイトルはここからきているんですね。

 

また、印象に残ったひとつに

決して相手に押し付けないということ。

 

矢作 大切なことは、本人の気づきだと思うんですよ。強制ではなく。流れているエネルギーを感じたり、文字から何かを感じたりして、自分で気づいていく。

 

プリミ 啓蒙みたいなことだとエゴがうまれて愛が見失われていくんです。愛を感じていける環境をつくっていくだけでいいと思うんですよね。押しつけなくても。

その人にタイミングがきたときに、自然に響いていくと思うので。

こういう対談も、そのきっかけの一つになってくれればうれしいですね。

 

矢作さんが触れていた

アボリジニ(オーストラリアの先住民族)では

エゴを出さない、とウソをつかないという教えが

あるということで、このお二人も

その点はとても大事だと話されている。

ウソをつくって、他人だけじゃなくて

一番つらいのは、自分につくウソということね。

 

ところで、プリミさんが言う「ラブ」って

いわゆる親子間の愛情とか恋愛っていうんじゃなくて

もっと無条件な高次の宇宙の愛って意味です。

私たちが一般的に使ってるのは、ひも付き「愛」

だったりして、実はエゴが絡んでいる場合が

少なくないことに気づいてなかったりする。

 

とにかく

こういうちょっと不思議で面白い

そして本当に愛を使って伝える人が

でてきているんだな~と思うと

楽しいですね。

手元に置いて

宇宙愛の波動を感じたい一冊でした~。

 

 

 

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 ありがとうございます!

『みんな誰もが神様だった』並木良和さんー目覚め、宇宙意識と進化へ導く急務なメッセージ

 

 

現在、人気の高いスピリチュアル・カウンセラーの

並木良和さんが2018年秋に出版された一冊。 

 

みんな誰もが神様だった

みんな誰もが神様だった

 

 

並木さんの本では、2015年に

『ほら起きて! 目覚まし時計が鳴ってるよ』があり、

講演会も行われています。 

ほら起きて! 目醒まし時計が鳴ってるよ

ほら起きて! 目醒まし時計が鳴ってるよ

 

爽やかな笑顔で

女性に人気がありそうなのも頷けますが、

もともと霊能力が強かったとのことで

"上"(神様など高次の存在)と繋がると

よどみなく、様々なことについて滔々と語られます。

御本人が話される内容の通りに、一貫して

自然体で自由な在り方を地でいっている

というのもなかなかスゴイことだと

思います。

興味のある方は、YouTubeでご覧になるといいでしょう。

 


Awakening&Power(目醒めと現実創造)並木良和さんトークイベント4.27.2018

 

近年、強く伝え続けているのは、現在の

宇宙の大変革の中で、地球に生きる私たちが

本来の高い意識に目覚めていく時期にあるという

ことです。

特に2018年から2020年の3年間が重要な転換期で

この時期に目覚めるか、そのまま眠り続けるのかの

選択をする必要があるといいます。

並木さんのこうした情報に接しているということは

顕在意識では気づいていなくても、目覚める方向で

選択しているという話もよくされているようです。

 

 

 

 

また、長年救急医療に尽力された医師の矢作直樹氏と

よくコラボされており、この本でも

巻頭で並木さんについて矢作氏が述べられ、

最後にはお二人の対談も載っています。

 

 目覚めが起こると、だんだん頭を使わなくなります。頭で忙しく考えなくても、きちんとものごとがまわるようになっていくのです。

 普通なら「頭を使うことで、ものごとはうまくまわる」と教わります。——

 でも、目覚めが起こればそういうことはどんどん少なくなっていきます。頭を使わないのではなく、使えなくなるのです。そのかわりに、ハートでものごとをとらえることができるようになっていきます。

 そうなれば、その場に立った瞬間に、何をすべきかがわかるようになります。人と話すときも、言葉が自然と出てきます。

 

  なぜ目覚めたくなかったのかというと、人間としての生き方をまだまだ楽しみたかったからです。人間としての生き方というのは、皆さんが普通にしていること。つまり日常で起こってくるさまざまな出来事に一喜一憂するという在り方です。思い通りの結果になれば喜び、期待外れのことが起これば落ち込む、という生き方です。

 罪悪感や無価値観、そして不安、心配、恐れ、嫉妬、怒り……人生はそんな感情で満ちあふれています。とくにネガティブといわれる感情を引き起こすような体験は、大なり小なりだれもがしているものです。

 でもこうした生き方というのは、目覚めではなく「眠り」の生き方なのです。

 

いわば、私たちの現実は

それぞれの意識が映し出した映像に過ぎないものの、

それに気づかず、そこにどっぷりハマって

様々なドラマを体験してるといいます。

スクリーンに映った映像(外側の現実)をいじっても

何も変わりませんが、フィルムとなっている元の意識を変えれば

映像〈現実)も違ったものになるというわけです。

 

 地球ではこういう感覚をドラマに仕立て上げて、そこでエネルギーの奪いあいをしながら人間ドラマを体験しているだけです。

 でもこれからは、もうそんな体験はできなくなります。

 恋愛をしても、いままでのような恋愛の仕方はできないのです。

 もっとわかりやすくいうと、あなたにとって特別な人がいなくなってしまう。

 でも、それは特別なことではありません。

 この地球では、「恋愛ドラマ」が好きというだけのことです。それ以外なら、たとえば「健康ドラマ」が好きな人もいるでしょう。

 茶化しているわけではありません。病院に行くとよくわかります。お年寄りたちが、「私は膝が痛いの」「私は膝どころじゃないわよ、腰だって」と、まるで不健康を自慢しあっているかのようです。じつは僕たちは、こうやって語りあうことで周波数を共振・増幅させ、それをリアルなものとして体験しているだけなのです。

 

目覚めるためには、まず

外側の現実に捉われないこと

物事に一喜一憂するのをやめること

だといいます。 

誰かや世界のせいではなく

すべては自分に源があると知ることです。

 

 皆さんはいままで、さまざまなものを外に求めていたはずです。

 でも、目を醒ましてしまえばもう、外には求めなくなります。なぜなら自分の意識が変わり、意識こそがすべてであることがわかるようになるからです。つまりすべてのことは、自分の周波数というフィルムが映しだしている映像にすぎない、ということを理解するのです。

 ただ、いざそうなると、現実がつまらないと感じる人もいるかもしれません。

 これまでは眠ることを選択した世界の中で、さんざんあれができないとか、一所懸命に頑張っているのに豊かになれないだとか、そういう思いと葛藤を体験してきたはずです。これからはそういうことはやめて、本来の意識の在り方に戻っていこう、目醒めていこうというタイミングを迎えているわけです。

 ただこれまでは、頑張ることで認められ、それによって得たものもたくさんありました。これからの目醒めていく流れの中では、いままでの外をなんとかしようという生き方をすればするほど、川の流れに逆行するように、ものごとがうまくいかなくなっていきます。これまでのように、これとこれをやれば確実に結果が出た、ということがなくなるのです。

 これはとてもすごいことで、これまでの生き方、やり方を変える時期を迎えているという明確なサインなのです。 

  

何を手放せばいいのでしょうか?

 簡単です。皆さんにとって心地よくないものです。心地よくないと感じるものはぜんぶ、この地球の周波数であり、本来の意識の中にはないものです。

 

 簡単にいうと目を醒ますというのは、身にまとった地球の周波数を返していくということです。いままで楽しんできたぶん、「ありがとう」といってお返しするのです。

 

すぐには難しくてもこれからは

問題を問題視しないこと、

外に世界に何かを求めるドラマをやめること

など、具体的なアドバイスが示されていきます。

 

まずは、人に合わせることを止める、

自分とつながるには、いい気分でいることを選ぶ。

また、

邇芸速日命(にぎはやひのみこと)からの言葉や

最後の矢作直樹氏との対談がとても興味深い

内容となっています。並木さんが伝えているのは

急務でもあり、興味あれば一読をお勧めします! 

 

 

並木さんとほぼ同じような提唱をされている方に

以前から関野あやこさんもいますが、

いずれにしても、ようやく私たちが追いついてきた

時代の要請であり、新時代の到来をも感じます。

 

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 ありがとうございます!

「形に捉われない」「どう感じているか」今日のレーネンさんのブログ(サイト)から

 

 

今年もあっというまに、

3月になりましたね。

昨日の冷たい雨も上がり、晴れてきましたが

エネルギーもまた切り替わった感じがします。

霊能者系のある方が言っていましたが、今年は

以前より2,3倍というどころか8倍もの加速で

時間が過ぎているのだそうです。つまり

変化も速度も速まっているわけですね。。。

 

今日のレーネンさんのブログ記事が

ここ数日の気づきとシンクロしていました。

 

ibok.jp

 

魚座の時代、いろんな形を作り、できるだけ持つ、それが成功であり安定でした。今はどう感じているかという時代なのです。いろんな形を作り、できるだけ持っても喜び、満足がないなら、人生を変える必要があるのです。—— 

何をしていても、何があってもなくてもあなたはどう感じているかということです。人生は何を経験してもバランスと成長を実現する素晴らしいチャンス、祝福だという意識に達することができるかということです。

 

 

ibok.jp

 

どんな形になるかなんてどうでもいいのです。この瞬間、あなた全体で感じることで選択をし続けることがこの時代なのです。こういう生き方を自由にしていくためにも、過去のすり込みで結婚は安定、お金は安定、同じところにいて同じことをし続けることは安定という概念を手放すことです。想像もしない変化がもたらされる今、過去の価値観で形をたくさん持っていると予期しない変化がトラウマになるだけです。形を持たない、そのほうが死ぬまで自由にバランスと成長の経験ができ、変化に対処し、適応できるのです。

 

何を経験していたとしても

すべては魂の成長とバランスを実現するチャンスと知る、

というか、そういう意識に切り替わるのは

実際には容易なことではありません…でした。

もうこれじゃイヤだ!というところまできて

ようやく変わるしかなくなります。

 

また、確かにこれまでは、安定や成功を感じるために

何かの形をとることを目指してきたんですね。

それではキリがない、何かの形を作り、

今度はそれを維持しようとする…

もうそういう時代ではなくなったと感じています。

 

今の新しい世代の中には、そういうより身軽で自由な

生き方を自然に示している人たちも見受けられます。

旧来の価値観の持ち主たちから批判されるなど

抵抗にもあっているようですが、潜在的な共感を

感じている人も増えていくでしょうね。

 

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レーネンさんも新たな時代を生きていく上で

スピリットたちとつながることをアドバイスしていますが

私も、昨年あたりからその感覚が濃くなってきました。

実はエネルギーワークをやって久しいのにどこか

消極的だったのですが、そんなことを言っている

場合ではないんだというくらいの時代に入ってる…。

 

あっちではこういう自分で、こっちではこの自分

なんてやっていると自分の中で分離しているわけで

これからの統合の時代に反しちゃうわけで。

大体ホントの自分を出してないじゃん。

普通の人でなくてもいいや、

ってもともと変わっていたのに

何をいまさら隠すのって…

まだ外側を気にしてたんですね。

 

意識の目覚めって、いわゆる覚醒というのも

あくまで個人個人の自由意志によるものなので

ゲリー(・ボーネル)さんも言ってらしたけど

すっごい自己中心的なものだとか。

自分自身に取り組むだけなのです。

そう、外側の現実や出来事に一喜一憂するのをやめる、

何より内側で、自分の意識を変えていくこと。

 

2005年にエネルギーワークを習い始めてから

これまでも意識してやってきたと思ってたけど

本気でコミットしてなかったみたいだと気づいたわ、あわわ。。

先月中に駆け込むように新たに決意したら

今朝の角田みゆきさんの記事にもシンクロしてた。

 

ibok.jp

 

ざっくり二つのパターンを解説します。

一つは、今日、もしくは、2月末に「私はこう生きる!」と決断した人たちがいるようです。

また別に何がどうなったわけでもないのに、根拠のない自信がわいてくるかもしれません。

例え、一瞬で消えたとしても、それはあなたの勘違いではなく、あなたを応援するエネルギーと繋がったということです。

馬鹿げたことに思えても、無駄なことに思えても、経験する価値はあるということです。

経験こそ魂の望みだということを忘れないで進みましょう。

 

ああ、いいんだこれで(´▽`) 

スピリットたちのメッセージ、

シンクロと気づきの日々は続く…。 

 

記しておきたい気づきやシェアも多くて

まあ、これレーネンさんのサイトの話ということで、

今日のところは、ミランダのブログに載せたけど

基本、本のブログなんで(ちょっとテイスト違ってる)

またブログ立ち上げよーか、な。

昨年後半に、スピ系立ち上げてたけど(笑)

どうにもとまらない♫ 

エネルギーワークとしてお勧めしたい

サイト( YouTube)などもあるので

紹介したり、いい加減、

普段のスピまるごとでいきたくなったんですね。

人はどうあれ、まさに今の私はこう感じてるのよね、って。

 

で、追記:

まずは、新ブログ↓立ち上げました(*´∀`*) 

everyday-spiritual.hatenablog.com

 

 

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 ありがとうございます!

『なるべく働きたくない人のためのお金の話』大原扁理さんー人生で、自分はどうありたいのか?

 

 

 

かつての終身雇用制が崩壊して

新しい働き方やライフスタイルを模索する人も

若い世代をはじめ、どんどん増えています。 

 

なるべく働きたくない人のためのお金の話

なるべく働きたくない人のためのお金の話

 

 

25歳から東京で週休5日の隠居生活?を始めて

年収100万円以下で6年間暮らしたという著者。

この本に興味を惹かれたのは

ハウツーではなく、結局は

お金をめぐる生き方の本質について

触れられていたからといえます。

 

はじめに明確にしておきたいのですが、お金について考えるとき、「自分がどうありたいのか」という問題を避けて通ることができません。というか、もっと正確に言うなら、お金のことは、「自分がどうありたいのか問題」の一部でしかない、という気がします。

お金の不安をなくすことが目的なのではなく、お金の不安がなくなったそのとき、自分がどんなふうに生きていくのか、ということのほうが重要だからです。

 

でも、しつこいようですが、これが本当に大切なんです。いくら稼ぐか、節約するかよりもまず、自分がどうありたいのかを洗い出していくこと。お金のことだけを見ていると、人生の本質を見失います。 

 

確かに現代社会では、生活していく上で

お金は必要不可欠なものかもしれませんが

必要以上に振り回されてしまうと

自分の人生の本質を見失ってしまいかねません。

 

バイトに明け暮れても暮らしが楽にならないという

不毛な現実に気づき、当たり前だと思い込んでいた

家賃の見直しなどから始めて、

最低限のお金で、しかし好きに生きてみたという

大原さんの体験と考察には

実に示唆深いものがあるんですね。

 

 

 

東京で家賃七万円なんて普通だよ、と言われたら、「あなたにとってはそうなんですね」と思っておけばいいのです。

他の誰でもなく、自分にとっては高い、というのがわかっただけでも、「自分だけの幸せのサイズ感」に一歩近づいたということなので、喜ぶべきことです。

 

自分にちょうどいい幸せのサイズ感がどれくらいなのかは、当然ですが人それぞれ。初めからわかっている人は稀ですよね。やはり親元を離れ、すべては自腹で生きるという経験をしないと、自分には何が必要で何が不必要なのか、真剣に問いかけることをしないまま済ませてしまいがちです。ひとり暮らしをすることの最大のメリットは、「どうすれば自分が幸せなのかに強制的に向き合わされる」ということかもしれません。

 

大事なのは

「自分だけの幸せのサイズ感」そして

要らないモノをそぎ落として初めて必要なモノがわかる。

「どうすれば自分が幸せなのかに向き合う」こと。

 

でも、社会で当たり前とされていることは、必ずしも正しいとは限りません。みんなが当たり前のようにこなしていても、自分は苦しいと思うなら、それでいいんです。自分だけの実感に、他人がとやかく言う筋合いはありません。他人と比較して、どちらのほうがより苦しいというのも無意味です。

 ただ、苦しいと思ったその気持ちは、そこから抜け出すためにいつか必ず役に立ちます。それまでどうか失くさないようにしてください。自分だけの実感を、「社会の当たり前」に明け渡してしまわないことが大切です。

 

意外かもしれませんが、私が郊外に引っ越した時点では、隠居を目指していたわけではありません。ゆくゆくは週休五日で年収九十万円で生活できるようになるなんて、夢想だにしませんでした。

いま考えてみると、目標を持たなかったことのメリットはふたつあったように思います。①さっさとそこから抜け出せた

②思わぬ展開を楽しめ、受け入れることができた

 

  • さっさとそこから抜け出す

 目標がない行動してはいけないというルールはありません。

 いま、そこにいるのがどうしてもつらいなら、抜け出すための立派な目標や理由を作るより、つらさを軽減するほうが先決です。目標がまったく要らないと思っているわけではなく、もし必要なら、落ち着いて考えられるようになってから、作ってもいいんじゃないでしょうか。

 

  • 思わぬ展開を楽しみ、受け入れられる

私は今まで生きてきて、ほとんど夢や目標を持ったことはないんです。

するとどうなるかというと、いろんな可能性によく気がつくんですね。ゴールを設定していないから、右にも左にも行けるし、思わぬところに道を発見することもある。そしてそのときウキウキするほうを選んでいると、想像もしなかった方向に事態が展開していき、隠居のできあがり、というわけです(私の場合)。 

 

隠居というのは言葉のあやみたいもので

全く働きたくないというわけでもなく

むしろ自分に忠実に生きることに

情熱をもっている方ですね。

 

 ところで、私はなぜ、金銭的に苦しい生活から抜け出すのに一年半もかかってしまったのでしょうか。

 

 お金に対する漠然とした不安がなくなった今、以前の私自身について振り返ってみると、長い時間をかけて自分のなかに培養されていた「お金に対するあきらめ」があったのがわかります。そして、その先にあるのは「自分がどうありたいか」に対するあきらめでもあります。

 私たちの世代は、というか、もしかしたら全世代がそうなのかもしれませんが、「生活していくためには、おかしいと思っても疑問を持たずに働き続けなければならない」ということを、それこそ未成年のころから擦りこまれてきました。

 中学生になったら「高校に進学できないぞ」と脅され、高校生になったら「大学に進学できないぞ」と脅され、たぶん大学に入ったら「新卒じゃないと就職できないぞ」と脅され、意味もわからん校則にも問答無用で従わされ、履歴書や志望理由書を一文字でも間違えようものなら最初から書き直させられ……。

「そうしないと世の中ではやっていけないぞ」と脅すばかりで、「失敗しても生きてはいけるから大丈夫だよ」と言ってくれるような大人は、私の周りにはひとりもいませんでした。

 だから私は、上京してから一年半をかけて、誰の応援もないまま「進学・就職しなくても生きてはいけるか」をゼロから自分で確かめなければいけなくて、非常に心細かった。

 最低限生きていくだけなら週二日の労働でも大丈夫じゃん、と自ら実験してわかった今、あの頃の私が通った学校に戻れるなら、「進学・就職しないと生きていけないなんてウソですよ!」と全校放送したい気分です。

 とはいえ、何も知らない未成年のころから「生きていけないぞ」と脅すのって反則だろうと思う一方で、自分で確かめもしないうちから、それを当たり前のこととして受け取ってしまったのは、半分は自分の怠慢だったと反省もしています。

 金銭的には苦しかったけれど、自分がどう生きていきたいのかと向き合わないまま、アホみたいに高い家賃を払うことも、そのために働きまくることも、「当たり前」で済ませておくのって、ある意味ではラクでしたから。

 あれって共犯関係だなあと思う。

「考えなくていい代わりに、言った通りにすれば社会からの受容と、居場所を与えてあげますよ」という人と、「自分が選択したことの責任を背負わずに済むならそれでいい」という人がいて、初めて成り立つ関係。不覚にもまんまと乗っかっていました。

 

 自分の中にある、お金や、自分がどうありたいかに対するあきらめに、手遅れになる前に気がつくこと。

 そのために、自分で確かめたこともないのに当たり前と思っていることはないか、注意深く探してみること。

 当たり前と思っていることがあるなら、それが本当に正しいのかどうか、やりやすいものからひとつずつ確かめ、実践を積み重ねていくこと。

 むりやり生活を変えることが目的ではないので、「こう生きなきゃいけないってわけでもないな」という余裕を、いざというときのために自分のなかに作っておくだけでもいい。それもなるたけ早いうちに。習慣というのは、長ければ長いほど変えるのが難しくなってきますから。

 

 

 私は低所得生活を人に勧めるつもりは毛頭ないんですが、みんなが「低所得だから」「高齢だから」「不景気だから」「親や周囲にそう言われたから」「それが当たり前だから」といった消極的なあきらめからではなく、「自分がどうありたいか」という積極的な態度で毎日を過ごしている社会を、生きているうちにひと目見たいとは思っています。

 きっと壮観だろうと思う。

 

引用が長くなってしまいますが(;´∀`)

とても大事な点だと思うのです。

また、大原さんは、満足の最低基準を

「好きなことをしているか」ではなく、

「イヤなことをしないでいられるか」で判断しています

というのも参考になるのではないでしょうか。

やりたいことがわからなくても

やりたくないことはわかるはず。

 

世界を自分なりにカスタマイズしていく上で、もし私にアドバイスできることがあるとしたら、子どものころに何をしているときが一番ハッピーだったか、思い出してみるといいかもしれません。

 何かに熱中しすぎて怒られたことが、誰でも一度はあるんじゃないでしょうか。もしあなたが、この本を読んで、世間の当たり前を見直し、お金のために働くことをやめ、お仕着せでない自分だけの人生を作っていきたいと思ったら、あの頃の自分に聞いてみてください。きっと何かを知っていると思います。

 

その時々のハッピーに合わせて

ライフスタイルも変わっているという大原さん

今は台湾でライターとして暮らしているそうです。

 

要するにもうひとつの自由って、「幸せをお金に依存している状態から自由になること」なんですね。お金があってもなくても、どこで何をしていても、ハッピーを感じられるような心のありかたと言いますか。

 

 大切なのはお金の量ではなく、どんな気持ちでそれを受け取り、そして手放すのかなのだと、いま切実に思います。

 

 

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